« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »

2011年11月

2011年11月23日

萌える罪悪感と男のスイッチ

391_4

392_2

393_6

394_2
円山まどかです。


拙著『自殺者の森』のプロフィールにも書いてあることですが(←こまめな宣伝)円山は高校を中退している。
んでこれは書いていないけど、中退するまでに2回ほど留年している。1年と3年を2回やっており、ようするに5年生まで経験しているわけだ。
たまに理由について訊かれるが、語れない。誤解を招くかな。いやね、驚くほど理由がないんである。これが。いつぞや担任教師との面談の折「おまえはいったいサボってなにをしているのか」と問われ、

「川原で雲とか見てます」

と答えたときの教師の( ゚д゚)ポカーンとした顔は至極当然であるといえよう。

いや、まあマジな話、おそらくは学校が遠かったからじゃないか、とは容易に推測されうるのである。ほら、よくいうではありませんか。通勤が2時間を越えるとひとは出社拒否したくなる…とやら。円山の家から学校までは自転車で1時間ほどかかる距離にあったから。あれ? もしかしていま定説を覆している?


話をもどすが、おそらくは5年も高校にいた人間はなかなかいないのではないかと思う。じゃあ、いったい5年生がどういう感情をもよおすものか。紹介しよう。あらかじめ冗談ではないことを断っておくが、

「萌える」のである。

といってもレナやルイズ(※当時の流行)にではない。女子高生に萌えるんである。そこ。ブラウザ閉じても文句いわんぞ。


当然、制服にムネムネしている自分をみつけたときは困惑したものである。「この胸の高鳴りはもしかして……恋――?」とか思ったものだ。自分が女子高生に萌えるとは、よもや夢にも思っていなかった。

もしかしたら大多数の男はそうなのではないだろうか。それが高校を卒業し制服を離れてようやく、「ああ、あれはよいものだったのだなあ」と気がつく。


「ふるさとは遠きにありて思ふもの」といったのは室生犀星である(天声人語みたい)▼たしかに説得力のある説ではあるが、こと「女子高生」に関してはじつはちがうのだ経験上。どうやら男というものは、ある年齢にさしかかると女子高生に萌えるよう、自然とスイッチが切り替わるらしい。

ご想像していただきたい。女子高生萌えの自分。四方八方に女子高生。あんたが女湯にほうりこまれるようなものよ? あ、ごめんこれいつか飲み屋で会ったゲイのおっちゃんのセリフ(男子校だったそうな)のパクリだが、ともあれ円山の当惑が如何ばかりであったか。
もしこれがいまであったなら「イヤッッホォォォオオォオウ!」とか叫びながら仔羊の一頭も神に捧げているところだが、これが非常にもったいないことに、当時の円山は無垢であった。なにか、自分が反社会的なことをしているような罪悪感をさえ覚えた。


ああ、書いていて思ったのだが学校をやめた理由のひとつには、そんな自らにも名状し得ない感情にどうにかケリをつけたい……という思いがあったのではなかろうか。書いていて非常に寒いが。

まあでもなんというか、女子高生のほうこそ男を惑わしていることに罪悪感をおぼえるべきだといまとなっちゃ、思う。制服で自転車乗ってるときの、あの、めくれそうでめくれない感じとか……汚れたねえ、おれも。
『自殺者の森』はそんな罪悪感いっぱいの小説です!(←強引な宣……宣伝?)円山まどかでした。

2011年11月 8日

ましろのおと

371

372

373_3

374_19
円山まどかです。

そんなわけで、てこともないけど今月号の『月刊少年マガジン』羅川真理茂先生『ましろのおと』のノベライズを短編で書かせていただいております。…大御所じゃないか。当然「自殺」だの「地獄」だの「妹」だの物騒な単語のでてこないマイルドな円山となっております。なにとぞよしなに。

そもそもからして度を越した音楽ヲタである円山、ほんとうは「東洋の音」のルーツについて深く掘りさげたかったのですが、どうかんがえても書いているのは小説であって専門書ではないので自重しました。そら、ねえ。


ところで円山は津軽三味線を弾けない。三線なら弾ける。

三線というと沖縄の弦楽器で、いわゆる「沖縄の音」の総本山である。それが本土に渡っていわゆる細棹の三味線になり、さらに北上して津軽三味線になった。

 

三線というのはもとをただせば中東からシルクロードを旅してきたのであり、あ、やめようかこの話。長くなるから。とにかく三味線に手がだせないのは、単純に金銭的な問題による。三線の倍でかいということは、まあ、三線の倍お値段がするということである。しかたなく三線に三味線の弦を張ってさびしさを誤魔化していたのだった。しかし三味線の弦はシルクなので(いやまじで)三線の弦のだいたい3倍ほどのお値段はする。なるほどマネェがないというものは切ないものである。

で、そうそう、その三味線の弦を買うために純邦楽の店にいき、そこでついでに津軽三味線を見せてもらった。

 

めっぽう軽い三線になれていたせいもあるのだろうけど、いやこれがなかなかずしりとくる。なにがいいたいのかというと『ましろのおと』で朱利が重たがるのも無理はなく、津軽三味線愛好会のメンバーにはぜひそこを責めないでいただきたい。しかし円山は田沼妹派である。4巻の浴衣姿は非常に俺得であったむひょ(←奇声)


  

そういえば上々颱風のリーダー、紅龍はバンジョーに三味線の弦を張った「三線バンジョー」なる自作楽器を弾いていた。あの絹糸は案外応用力があるのかもしれない。

逆にギターで三味線を弾いたのが「エレキの神様」、寺内タケシである。なにしろ戦時中にエレキを自作したほどの情熱とプライドに裏打ちされた超絶テクニックで、ずばり『じょんがら節』をエレキサウンドでカヴァーしている。三味線独特の奏法である「すりあげ」「すりおろし」も見事に再現していて、その雑な和洋折衷がちょっと不思議だ。機会があればご一聴。

青森といえば「青森ロック大臣」の異名を持つメタルバンド、人間椅子がいる。聴けばすぐにわかるよう、彼らもまた津軽三味線の旋律をごめん長くなったな案の定。まあこういう無駄話は小説にはさみようがないので、ああすっきりした。

 

かつてないほど好き放題書いちゃってナンだけど、でもすっきりしたのでこれで終わりでやんす。

円山まどかでした。

2011年11月 3日

武器持って「Hey!」みたいな

361_2

362_4

363_6

364_2

円山まどかです。

ど季節はずれの話なんですけど、やっぱり幽霊は日本産にかぎりますね。その怖いこと怖いこと。


日本の幽霊というのは怨念因縁恩讐因習、平将門の御世からその目的は復讐逆襲と相場が決まっているのであり、ラップというより落語のような韻の踏み方で紛らわせたくなるほどにどろどろしているものです。
対して洋モノの幽霊というのは死んでるくせに血圧高いというか、武器持って「Hey!」みたいな(←過言)まあ根が明るいんだろうなと思わないではいられない。


日本と洋モノの幽霊のちがいというと、有名なところで足の有無なんてものがあります。洋モノの幽霊には足があるので、徐々に足音が近づいてくる…(※効果的な三点リーダ)なんて演出にむいております。
でもまあよく考えると、日本の幽霊も足音するよね。わりと頻繁に。ひた…ひた…って感じのこれまた湿っぽいというか辛気くさい雰囲気の。おまえ足に重りつけてんのかってくらい歩みが呪い。もといノロい。
洋モノの幽霊というのは「けっこう筋トレとかするほう?」てな感じに足どりがしっかりしているので、墓場で運動会を催せば外人選手の圧勝だろうと思われます。なんの話してんだっけ。いま皿か。もとい、いまさらか。

 

皿といえば番町皿屋敷ですが(すっげー強引な繋ぎ)ありゃもう根暗の極致というか極北というか、毎夜毎晩同じことくりかえして嫌味っぽいこと。わざわざ9枚きっちり数えて

 

「ああ1枚足りない… |ω・)チラッ」

 

こっちに目をよこすこの感じ。洋モノだったらさっさとNice doat.だろうに近隣住民まで巻きこんで、あれだ、暗いやつがキレるとこうなる。だいたいよく「末代まで祟る」っていうけどその代で終わりにしちゃわないあたり、またねちねちしていてイヤーナ雰囲気だ。敵にまわしたくないが、味方にもちょっとしたくない。
だいたい「幽霊」っていう字がすでにおかしい。「幽」をバランスよく書けた試しがない。あたかもぽろぽろと具のこぼれるビッグマックのように、「山」でサンドイッチするには「幺」は分厚すぎるのである。
それにくらべて「ghost」のカラっとした身軽さはありゃいったいなんだ。そりゃロクロくらいなんぼでもまわすぜ。


あのドラマもそうだけど、洋モノっていうのは目的を果たせば天国か地獄どちらか二択。ところが日本産ときたらその後もあくまで居座ってたりいっそ神になったりと選択の余地がむやみに多い。お岩もそうだけど伊右衛門祟って満足かと思いきや、自分出てくる作品があるたび呪いまくるとか煽り耐性なさすぎワロタ。日本の幽霊のなにが怖いって、きっとそのあたりの「めんどくせえやつ怒らせちゃったよ…」感だと思うのだけれど、どうでしょう。

面倒くささは恐怖である。なにしろこの文章、終わらせ方がわからなくてその面倒くささに恐怖している。読むほうもだいぶ恐怖してるだろうと思われますので、まあとにかくまとめますとつまりはなんだ、幽霊は地産地消にかぎるよね、というお話でした。

 

円山まどかでした。……お岩稲荷にお参りするべきかな。

« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »

フォト
無料ブログはココログ

Twitter