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2012年2月

2012年2月28日

気づいていこうぜ

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円山まどかです。
みなさんは、最近なにかに「気づいた」記憶がおありだろうか。


ずっと着ていた上着に内ポケットがあることに気づいただろうか。
焼きそばがどちらかといえば「炒めそば」であることに気づいただろうか。
「唾」という漢字の完成度に気づいただろうか。
どうでもいいけどこのノリそこまで面白くねえな。ということに気づいた円山であった。


ちなみに最近の円山の「気づき」といえば、「ОLの休憩時間と紙パックの相性のよさ」であった。いや恥をかく前にいいかえよう。たいして「気づいていない」のである。
21年生きてきた。もとい。3月で22年である。若い若いと周囲からは言われるが、22年といえば1990年にうまれた人間が22歳になるほどの歳月である(あたりまえか)。
22年間の総決算がОLの紙パックなのかと思うと、さすがに一抹の寂寥感を禁じえない。病気の少年に手術を受けさせる方法とか、君のために今何ができるかとかについて気がつきたい。ああまた適当なことを。



過去、円山の最大の「気づき」は「自分がアホである」ということだった。
ごめん! 相変わらず安直な自虐ネタだ。最近ネタと時間がないんでご寛恕いただきたい。


小2の時分のことである。
当時仲がよかった子にFというやつがいたのだが、なんというか、これが度を越したアホであった。どれだけアホかというと、マンションで1階のつぎの階が何階なのかわからない。で、そんなFと部屋が近かったというだけでつるんでいた円山、相対的に自分が物知りであるかのように錯覚してしまっていたのであった。



「ねえ円山くん、肉食ってなに?」「そんなことも知らないのか、アホだなあ。肉を食べるってことだよ」「草食は?」「ますますアホだなあ。草を食べるってことだよ」「じゃあこの雑食ってのは?」「えっと……雑草を食べるってことだよ」「円山くんって物知りなんだなあ!」いたたまれない会話だ。



こうして横浜にまたひとり、アホが一丁上がるのだった。ちなみに自分がアホである自覚を持ったのは、中学生になって学校の勉強に追いつかなくなってからのことであった。リアルな話ですまん。
しかし、中学校まで錯覚しつづけていたのだからFの影響力というより、もとより円山に才能があったのであろう。ちなみに自分がアホだと気づいてしばらくしてから、おなじアホなら踊らねば損、ということに気がついたのであったが長くなったのでまたの機会に譲りたい。



ていうかマンガとなんの関係もないよね。これ。ということにようやく気がついた円山なのであった。
円山まどかでした。

2012年2月13日

その先に見えるもの

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円山まどかです。あのさ正直に言っていい?
書くことない。

 


いよいよ2月14日である。ここはひとつ、バレンタインについてなにか一席書かねばなるまい。
いやまあ、たかだか個人のブログだ。そう厳密なルールがあるわけじゃ無論ないのだが、せっかくバレンタインネタで描いたのだ。どうせなら文章もそちらに合わせたいではないか。
が、いかんせんこの日にまつわるネタがない。あまりに無関係な人生を送ってきた。円山のなかでの2月14日の価値は、なんだろう、たとえるなら「みどりの日」レベルであり、なんならスルーしたところで一向に構わないのだ。
いま「スルーされてるのはお前だろ」とか思ってないか?



そも、円山は甘いものが苦手だ。
食べると胸焼けするんである。再三主張してきたことだ。本来なら「だからチョコとか嬉しくないし…」的な方面に話を膨らませたいところだが、ぴーんときたね。

 

円山のことを愛してやまない女子高生は、そう、もちろんいるのであろう。
しかしだ。円山の趣味を知っている以上、かえって迷惑になることを思うと行動できず、じっと胸の高鳴りを抱えているに相違ない。ほほえましい話ではないか。

 


まあもっともこの説、再三好きだと主張しているにも関わらずおでんをくれる女子がいないという点から論破されてしまいそうな気もする。
これを読んでいる女子高生の君は、このさい意中の円山にチョコの代わりにおでん種を渡してみてはいかがか。円山は魚河岸あげがたいそう好きである(※魚のすり身に豆乳を加えて練ったもの)。
話それるけど魚河岸あげの販売元・紀文のHPにある特設サイトではあの川原泉が魚河岸あげをテーマにエッセイマンガを描いていたりして驚く。愛されてんなあ。



さて、……適当に体裁はついた頃合いだろうか。
いま一度正直に言う。ごめん。限界。
とくにネタもないのにわざとらしく引っ張ることが、よもやここまで痛々しいとは。そんなわけで今回はもう終わりだ。みんな! いいチョコ食えよ!(へんなあいさつ)

 


円山まどかでした。

2012年2月 8日

大人たちの夕焼け

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円山まどかです。
更新にすこし間が空きましたが、べつに喧嘩していたわけではないので深読みしないように。


で、大人の喧嘩。
みんなしたことある? 草食系男子の多い昨今、普通の喧嘩もしたことねーよーという方が多いのではなかろうか。
ちなみに円山も喧嘩の記憶はほとんどない。子供の喧嘩も知らん人間に、大人の喧嘩ができようものか。

「大人の喧嘩」もそうだが、「大人の恋愛」しかり、「大人の対応」しかり、「大人の」=「感情を表に出さない」と換言できる。
大人とは、本心を悟られてはいけないものなのだ。内心でどれだけ感情がどろどろしていようが、涼しい顔で無関心を装わなければならないのである。面倒くさい生き物だ。

確かにおとなのふりかけを食べたひとはみんな、「うん、まあ、こんなもんでしょ」みたいな表情をとりつくろっていたような気がする。
「大人の休日倶楽部」で切符を割引にしたひとは、「まあ、得はしたよね」みたいな感じで、決して「JR東日本△! キャッほー!」という感情を表に出さない。そんな人間には、大人の資格がないからだ。青春18切符でも買っとけ言われてしまうからだ。


無論、逆の場合もある。大人が青春を思いだしたい場合、あえて青春18切符を使用するのだ。

ギター1本背負って、東京に出てきたあの時。故郷・青森から、何時間も揺られてきた。東京駅のひとの多さに圧倒され、足がすくんだ。ひとの壁が、都会に拒絶されているように感じた。しかし、故郷(※くに)へは帰らないと列車のなかで見た夕日に誓った。都会の星は、遠く見えた。
ある日、心寂しさからつい故郷に電話をかけてしまった。母親の声に、完璧に覚えたと思っていたはずの標準語が思わず訛る。でも恥ずかしいので、あえて抑えこんだ。大人の対応だ。
でも、気がつけば着たきり雀のぼろぼろのジーンズに、涙の染みが落ちていた。涙が鼻水になって垂れてきた。我慢しようとして、むしろ弾みがついた。電話口を手のひらで隠して、鼻水を啜った。笑止な強がりだった。
しばらくして、母親から封筒が送られてきた。帰省するための交通費だ。「お父さんには内緒ね」とだけ、添えてあった。また、泣いた。
たかしはいま、東京で音楽とは関係がない仕事についている。 会社の休暇を期に、青春18切符を買ってみた。青森へ帰る列車だ。
あの時の封筒は、いつか生活に困った時に、うっかり使ってしまった。
だがそんなもの使わなくても、普通に行って帰ってこれるだけの稼ぎがいまのたかしには、ある。
それでも車窓から見える山の向こうに沈む西日は、あの時と変わらないように思えた。
たかしもまたあの時と変わらなかった。ひとり、席に座っていた。


ごめんなんか楽しくなってきて調子乗った。たかしって誰?

もう読んでる人もいないだろうし、なにを言いたいのかも分からなくなってきたのでここらでやめる。 つぎはもう少し短くまとめます。
円山も今年で22歳だ。たかしが東京に出てきた年齢よりも、上の、そう、もう大人なのであるから。出来る限り「べっ、べつに楽しくなんかねーよ」という態度を心がけようと思う。


円山まどかでした。ただのツンデレじゃないのかそれは。

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