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2012年4月 1日

愚かになりきれない季節

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円山まどかです。

さて4月である。
4月。それは出会いの季節。半分ひきこもりの円山的には4月に出会うものなんて花粉くらいしかいないわけだが、みなさまにおかれましては高校や大学、会社など新たな場所での出会いに胸躍らせている方も多かろう。
そんなフレッシュな世のなかで、「いかにして他人を騙すか」ということばかりを考えている不健康な人間も一定数存在していることを忘れないでいただきたいヒヒヒのヒ(←笑い声)。

それにしても。過去22年の人生で、この日に嘘をついた記憶があるかというとこれが案外にない。
なにしろ円山は品行方正、勤勉実直で名の知られた人物である。よって他人を貶めて愉悦を得るなどという下劣なイベントには興味はないのだ。ありがちな嘘はさておき、単純に円山、嘘が苦手なのである。
笑ってしまうのである。いるんだよ、こういうやつ。なんかさあまるで素直でいいやつみたいだが、必ずしもそうとも限らないの。

そもそも円山という生き物は、基本的にへらへらして生きている。しょうもないことを吸っては吐いて生息しているのであり、嘘をつくにはここに難がある。
すなわち普段からお茶を濁してばかりいる人間が、いつもの調子でまことしやかなデマを流したところで説得力を持ち得ようか。
あるいは唐突に真顔になったところで、それがとりもなおさず「構えの姿勢」の様相を呈してしまい、ハナからバレるのではないか?
だいいち4月1日は相手方も用心している。以上のことから、円山のでる幕はない。

しかし4月1日というのは、かえって迂闊に本当のことを話せない日でもあるのだ。
今日はだれもが心に疑心暗鬼を飼っている。ひとの口の端にのぼる話題が、すべて嘘めいて聞こえてしまう。いまや世界のあらゆる者が、信じる心を失った愚か者ばかりだ。

たとえば地球には遥か三千光年の彼方から念波(サイコウェーブ)が絶えず降り注いでいることとか、その悪念波が人心に悪影響を及ぼし犯罪や戦争や悪政の原因になっていることとか、また、その悪の念波と同じように実は善の念波も降り注いでいることとか、しかし人心の不安のためにうまく受けとることができないでいることとか、善念波を受けとるためには「信じる心」を鍛錬することが不可欠であることとか、その鍛錬には善念波の発信源である宇宙の彼方の岩倉に御座します「素直様」に日に三度の礼拝を捧げることが効果的であるとか、これは真実である。だれが信じているのだろうか。ひとに話したところで「お、おう……」な反応が関の山で私は哀しい。

この文章を読んでいるあなたがたにおきましては、よもや信じる心を忘れていない素直な方々ばかりと思う。この「素直な生活教」に興味をお持ちになられた方は、ぜひ円山に連絡を寄越してほしい。いや怖いからやっぱりやめてほしい。
とはいえまあ、折よくも万愚節。信じる心があったところで、それはそれで愛すべき愚か者といえようか(読んでるの知り合いばっかなんで愚かっていっちゃうのもアレなんだけど)。嘘をつくほうもつかれるほうも、右も左もみんな馬鹿。そう、せっかくのブログでとくになにも仕掛けず山も落ちも意味もない保守的な文章を書くようなやつこそが、ほんとうの四月馬鹿なのかもしれない。

円山まどかでした。

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