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2012年5月

2012年5月18日

円山まどかでした

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円山まどかです。

円山は自分がひとに怒れるようなご立派な人間ではないと自覚しているが、それでもどうしても許せないタイプというものが三つだけ存在するのである。
それは「茶碗に米粒を残すタイプ」であり、「自転車で道の右側を走るタイプ」であり、「風呂の湯に埃とかを浮かべて流さないタイプ」の三者である。

 

ちなみに三つめに関してだが、最近父のあと風呂にはいると皮脂がぷかぷか浮かんでいることが多く、親の老いを感じてちょいと切ない円山だ。老いなら仕方ない、といえば仕方ないのだが、ただ剥がれたらそれはもう「人体」ではなくて「残滓」なわけで、風呂桶に人体は浮かべるけど残滓は浮かべないでしょ、流しましょうよ、って話です。

いや、三つめはやや強引な気もする。嫌いのあいだになにか道筋をつけるべきか。かといってそれも強引でしかない。いっそ二者にするべきだったか。それもなにかキリが悪い。

 

てなことを、ブログはじめてこのかたずっと考えて過ごしてきました。頼まれてもいないのに。約一年ちょい。べつに漫画が専門でもないくせに、よくまあ一年やったものだと思うこの三日坊主が。
いや専門でないからこそ、はじめから一年とは決めていたわけだ。理由はいろいろあるけれど、面倒なんでここでは書かない(このブログこんなんばっか)。ていうか一年もったのも、よもやアルバイト時における「あと三十分で休憩だ」と類似の心理だったりするんだろうか。てえと読んでくれたひとに失礼な気がするが、長いようで、短いようで、やっぱり長いようで、いつのまにかこれを書いている。

 

きれいに終わらせるために三月ごろから伏線を張っておく手筈だったのだが、年度末に限ってやたらめったら忙しく、うっかりタイミングを逃してしまった。

ただ五月にはいって相方であるトケシが急に就職を決め、じゃあ最終回はそれで、って滑りこんだ具合だ。トケシが就職を決めてからはほぼライヴです。
だからなんだか終了が急に思われるし、正確には一年と二ヶ月になるわけだけど、一年もあればフリーターだった友人が就職決めちゃうし、親の皮膚は剥がれるし、現実なんてそう、急なものです。伏線の読める人生なんてそうそうないぜ、ハニー。
ま、とにかく。

 

てなわけでほぼ「素人がPhotoshopを覚えるブログ」と化したこのブログも今回で終わりだ。

レイヤーのつかいかたは最近覚えたばかりだったりする(遅いね)。はじめから漫画を描くつもりは毛頭なく、文字だけじゃ寂しいから「挿絵」でもつけようかしら、くらいの考えだったんだよ本当は。
おかげではじめのほうなんざえらいことになっている。あまり残しておきたくはない。

でも、「ただで読める読みものをひとつ作る」というのが当初の予定通りだったりするんである。
将来ネットインフラが代替わりして読めなくなるまで、ネット上に読みものが一冊転がっている塩梅だ。好きなときに好きなところを開いて暇を潰してもらえれば幸い。つうか下手すりゃ本より読者いるんじゃねーの(洒落にならなんな)。

 

ともあれだから、読んでくださった皆々様。本当にありがとうございます。
思いがけず多くのひとに読んでもらえた果報者のブログでした。円山は普通の男の子にもどります。いやごめんもどりません。普通になる前にまずは人並みにならないと。
相方もいちぬけたんだしね。

あ、それで思いだしたけどトケシも含め、勝手にネタにしちゃった地元のやつら。彼女でもできたらネタにされるんじゃねーかと戦々恐々としてたみたいだけど、もうネタにしようがないんでお好きにやれや。
ほんとに作れるもんならな。

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円山まどかでした。

2012年5月11日

木造モルタルの王国

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円山まどかです。
トケシではない。

そう、円山は円山であってトケシではないので、トケシの家がなくなろーがいってしまえば他人事なのである。
で、あるが、それにしてはなんだかもやもやするのも困ったことに事実だ。


トケシの家は川の近くに建っていた木造モルタルのアパートで、築二十五年とかであったかと思う。
一家はアパートが新築のうちに移り住んできたのであるから、その興亡を記憶する証人であったわけだ。隣室のドアに常時「忌中」と貼ってあった理由とか、上の部屋にだれか越してきてもが必ずひと月と持たず出てゆく理由とか、もしかしたら大家でさえ知らないスピリチュアルな側面までも知っていた貴重な一家なのである。
ファンタジーでいえば裏の丘に住んでて村がピンチのとき助言してゆくポジションというか、死ぬほど必要のないたとえで申し訳ないのだが、……つうか取り壊しもなんかの呪いだったりするんじゃね。


トケシはいま二十三歳。傷み過ぎてシャワーから火が噴き出たり、クーラーから火が出たりするほどの時間(実話)、そこに住んでいたわけだ。
人生のほとんどを過ごした家がこの世からなくなるというのは、どのような心持ちがするのだろうか。
円山はトケシではないのでよくわからん。


そういえばあんまり関係ないのだが、円山が子供のころ近所にわりとでかめの廃工場があった。
有刺鉄線を越えて侵入し、おふだのついたビニールをめくったら犬の死骸がでてきたり、敷地に落としたビー玉をみんなで探してたら覚えのない坊主頭の男子が一緒に探してくれてたり、いま思うと結構「アレな場所」だった気もするのだが(今回こんなんばっかりね)それがなくなって中途半端なスーパーになってしまったとき、友人たちとすごく凹んだ気がする。
他人事っちゃ他人事でも、子供のころから慣れ親しんだなにかがなくなる、というのはやっぱなんか寂しいものだね。


いずれにせよ実家がなくなった以上、トケシが転居先からこっちにくる理由も一緒になくなってしまったわけだ。
まさか友人に会うためだけに電車でやってきてどうこうするような、マメな性格ではあいつはない。ていうか家にいてさえも面倒くさがってピンポンに出ないものぐさである(そういうときは勝手にあがる)。
一年間ブログの相方として便利につっこんでもらっていたが、今後トケシと会う機会はほとんどないはずだ。


だからってわけじゃあまったくないが、このブログは次の更新で最終回だ。ていうかあと一回だけ、続きます。
亀仙人風にいうならば「もうちっとだけ続くんじゃ」といったところ。ああもうまたとくにする意味のないたとえで申し訳ないんだが、いや、だからって取り壊す予定はべつにないですけども。これも所詮他人事だと、適当に、気にしておいてもらえれば幸い。

円山まどかでした。

2012年5月 6日

哀愁の台湾バナナ

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円山まどかです。
え、トケシ? 引っ越したよさっさと。

もっとも新居は市内である。と、いうか神奈川の奥地にひっこんだような塩梅で、自転車で行けば一時間、電車ならローカル線に乗り換え一回。近いような遠いような感じで、途轍もなく遠いよりかえって億劫に思える。
引っ越しついでに遊びに行ったが、畑の真ん中にぽつねんと建っているなんか農具置き場のようなアパートで、とくに娯楽もないのでIKEAでもらったロウソクの火を吹き消す遊びをしているうちに夜が更けてしまった。ていうかみんなも火遊びはやめようね! 軽い一酸化炭素中毒を起こすよ!(いやマジで)
思わず命の火を吹き消すところであった。やだ。そんな死にかた。


円山は死ぬならバナナの皮で滑って頭を打って死にたい、とずっと前から決めている。死後仰天ニュースに出てみたいのである。そのための下調べもぬかりない。

現在流通しているバナナは残念なことに踏んだところで滑らない。
踏んで滑るバナナは、いわゆる「台湾バナナ」という品種なのである。これは明治の後期に日本に輸入され、輸入量が激減する第二次大戦をはさんで戦後ふたたび輸入されるようになった品種だ。
このバナナは生育の段階でわりと熟成させるので、バナナに特有のぬるぬるが強い。当時はバナナといえばこの台湾バナナが主流であった。時代に伴いバナナ界も変容してゆくなかで、バナナは滑るという部分だけが伝わったようだ。


そういえばそれで思いだしたのだが、トケシの理想の死にかたは「幽霊に殺される」であるのだそうだ。彼なりに細かいこだわりがあって、『リング』のようなショック死は論外らしい。
幽霊に惨殺されたい、とでもいいかえようか。彼に曰く、実体はないはずの幽霊がどう物理攻撃をしかけてくるのか。刃物で殺されるにしても幽霊がどのように庖丁を操ってくるのか、想像がつかないので死ぬ前にせめて見極めたいという。円山とおなじく幽霊がとても苦手であるはずなのに、これは見上げた探究心であるといえよう。


死にかた。いずれにせよ理想の死にかたを全うするには、やはり相応の準備が必要だ。みんな、してる?

どこで聞いたのかというと思いだせないのだが、しかし「一年に一回は遺影の写真を撮っておくべき」とはたまに耳にする。たしかに人間万事塞翁が馬、あしたうっかり死んでしまう準備くらいはしておいていいものだと思われる。
メメント・モリ。円山の祖父が死んだとき、わりとこまったのが遺影の写真の用立てだった。

そもそも正面、バストショットであまり不謹慎な表情をしていない写真(できれば無帽)。履歴書の写真じゃあるまいし、そんなつまらん写真好きこんではなかなか撮らない。
祖父の場合結局なにかの写真の背景をとっぱらってひきのばして使用したわけだが、おかげで解像度がかなり粗い。どこのどいつが作業したのかしらないが、なにやらパスが粗雑で困る。円山など写真があまり好きくないので、もしあした死んでしまった場合に最悪遺影不在のままだ。
たまに見かけるでしょ、ニュースなんかで写真がでてきたときプリクラか卒アルくらいしか写真のないひと。円山は中学の卒アルをつかうしかないわけだが、だめだ、あれ、なぜか満面の笑みである。しかもなぜだか傾いている。ほんとになぜだ。遺影につかうかもしれない危機感が皆無である。


ていうか。
ここまで書いて気がついたのだが、この文章が死の準備である、とかそういうわけじゃないので思いちがいなきよう願いたい。
たしかにここ最近の円山は死に気味ではあるが、それは頭痛と便秘と親知らずのせいであって、まだもうちょっとだけ死ぬには早い。先に述べたが円山は仰天ニュースに出たいので、これを遺書とするならもうちょっと気合を入れてネタになりそうなものを書きたい所存だ。
まああの番組って海外のニュースばかりなので、ほんとに出たいなら市内といわず海外にでも引っ越すべきなのかなあ……とか思わないでもない円山なのであった。(強引なオチ)


円山まどかでした。

2012年5月 1日

グルグル回る

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円山まどかです。
就職ですよ。就職。

 

なにしろもう五月である。ひとによっては就職なる単語、「見たくもないわ」と「すでに懐かしいわ」の二派に分かれるのではないかと思われる。
ちなみに円山前者である。このところ考えることが滅法多いくせしてちょっと就職のことも考えないとなーみたいな時期になっていて、家庭の事情とかまあいろいろあるわけだけど、なにもなくてもよくよく思えばいま二十二歳。よくよく思わないと忘れてるっていうのがすでにアレだが。

 

ところで。就職っていつがタイミングなのだろうか。

転職どき。こいつはよく耳にする。「向いていないな、と感じたら」「今後昇格が見込めないな、と感じたら」蟹のうまいところに行きたいか? ときかれたら」etc. の言説はべつに転職なんか考えていない(まあ就職してないので考えようがないんだけど)円山でも覚えているくらいだからよっぽど耳にする機会が多いんだと思う……電車のドアのとこについてるちいさいテレビとかで。
ところが、「就職どき」っていつなのよと思うとそういえばあんまり耳にしない。気がする。

 

学校とはタイミングを測るものさしとして優秀である。
いわずもがな、周囲がざわざわしはじめたらまず「就活どき」である。するとあとはもう流れだ。乗るしかない、このビッグウェーブに(切実に)。もちろん企業によるのでものすごく極端にいえば、大学を卒業するまでがいわゆる「就職どき」となる。
この時期へたすりゃ刺されそうだが、四月から募集、みたいな企業狙いでない人間がうっかり大学を卒業してしまうと在学中ほどの「いまだッ!感」がない。強いていうなら「\(^o^)/」ならある。こいつが\(^o^)/<すでに懐かしいわ」とかいいだすと手に負えない。

 

ところが我々「学…校……?」組は、すでに「/(^o^)\」であるのを見えないふりしてきたわけである。ついでに中途半端にフリーター時期が長かったりすると、「そこだッ!感」がほんとうにどんどん遠ざかる。いや、常に足もとにあるからこそかえって視野からいなくなる。

 

ちなみにトケシが就職を決めたのはこんなとこじゃあちょっと書けない事情が要因で、まあ孕ませたとかではないので安心していただきたいのだが、なんですね、知らないうちに水をあけられていた感じでこれはなかなか悔しいものがある。
こっちにもこっちの事情があるんでなにも足並み揃える必要はないのだが、そう、あらたまっていわれるとどうしてもいま「就職しないといけない理由」と等しく「就職しないでもいい理由」がないことに気がついた。
ことに円山なぞセールスポイントが「歯が丈夫」くらいしかないのであるから、基本的には新卒の年齢であるいまが就職どきなのではないか、と思わないでもないのである。そう思うとトケシ、事情が重なったとはいえちょうどいい時期に就職を決めたといえる。いやまあ餓鬼のころから決まってからものをいうやつだったのでわからないけども。

 

さて、話題が話題なだけにいつになくマジなトーンになってきた。
ゆとりゆとりとはいわれるが、ゆとり世代はいまこんな感じであって困ったものだ。ほかにもいろいろ悩みはあるから、頭はなんだかぐるぐるし、ついでに虚弱な胃腸もぐるぐるし、とりあえずトイレにこもっているうちにいつのまにか日が暮れていたりするいまいち煮えきらない最近なのであった。

 

円山まどかでした。

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