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2012年5月11日

木造モルタルの王国

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円山まどかです。
トケシではない。

そう、円山は円山であってトケシではないので、トケシの家がなくなろーがいってしまえば他人事なのである。
で、あるが、それにしてはなんだかもやもやするのも困ったことに事実だ。


トケシの家は川の近くに建っていた木造モルタルのアパートで、築二十五年とかであったかと思う。
一家はアパートが新築のうちに移り住んできたのであるから、その興亡を記憶する証人であったわけだ。隣室のドアに常時「忌中」と貼ってあった理由とか、上の部屋にだれか越してきてもが必ずひと月と持たず出てゆく理由とか、もしかしたら大家でさえ知らないスピリチュアルな側面までも知っていた貴重な一家なのである。
ファンタジーでいえば裏の丘に住んでて村がピンチのとき助言してゆくポジションというか、死ぬほど必要のないたとえで申し訳ないのだが、……つうか取り壊しもなんかの呪いだったりするんじゃね。


トケシはいま二十三歳。傷み過ぎてシャワーから火が噴き出たり、クーラーから火が出たりするほどの時間(実話)、そこに住んでいたわけだ。
人生のほとんどを過ごした家がこの世からなくなるというのは、どのような心持ちがするのだろうか。
円山はトケシではないのでよくわからん。


そういえばあんまり関係ないのだが、円山が子供のころ近所にわりとでかめの廃工場があった。
有刺鉄線を越えて侵入し、おふだのついたビニールをめくったら犬の死骸がでてきたり、敷地に落としたビー玉をみんなで探してたら覚えのない坊主頭の男子が一緒に探してくれてたり、いま思うと結構「アレな場所」だった気もするのだが(今回こんなんばっかりね)それがなくなって中途半端なスーパーになってしまったとき、友人たちとすごく凹んだ気がする。
他人事っちゃ他人事でも、子供のころから慣れ親しんだなにかがなくなる、というのはやっぱなんか寂しいものだね。


いずれにせよ実家がなくなった以上、トケシが転居先からこっちにくる理由も一緒になくなってしまったわけだ。
まさか友人に会うためだけに電車でやってきてどうこうするような、マメな性格ではあいつはない。ていうか家にいてさえも面倒くさがってピンポンに出ないものぐさである(そういうときは勝手にあがる)。
一年間ブログの相方として便利につっこんでもらっていたが、今後トケシと会う機会はほとんどないはずだ。


だからってわけじゃあまったくないが、このブログは次の更新で最終回だ。ていうかあと一回だけ、続きます。
亀仙人風にいうならば「もうちっとだけ続くんじゃ」といったところ。ああもうまたとくにする意味のないたとえで申し訳ないんだが、いや、だからって取り壊す予定はべつにないですけども。これも所詮他人事だと、適当に、気にしておいてもらえれば幸い。

円山まどかでした。

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コメント

え、本当にやめてしまうんですか!?
結構楽しみに読んでいたので残念です・・・。

>ラモスさん
円山まどかです。はじめまして。
おお、隠れ読者だ! どうもありがとうございます。
決心が鈍りますね(笑)

もとから1年でやめるつもりだったので、じつは予定どおりだったりします。
ちゃんとけりはつけるので、最後まで楽しんでいただければ幸いですー。

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